ثَلَاثَةُ الأُصُولِ وَأَدِلَّتُهَا
イスラームの学び:『3つの基本原則とその論拠』
لِلشَّيْخِ
مُحَمَّدٍ التَّمِيمِي رَحِمَهُ اللهُ
シャイフ・ムハンマド・アッ=タミーミー
(アッラーのご慈悲がありますように)
بِسْمِ اللهِ الرَّحمَنِ الرَّحِيمِ
イスラームの学び:『3つの基本原則とその論拠』
本書は、ムスリムが学ばなければならない基本原則である、アッラーを知ること、イスラームという宗教を知ること、そして預言者ムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)を知ることについて取り上げています。クルアーンとハディースの論拠に基づき、信仰と善行の構築における、これらの原則の重要性について強調するものです。
イスラームの学び:『3つの基本原則とその論拠』
シャイフ・ムハンマド・アッ=タミーミー (アッラーのご慈悲がありますように)
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において
- アッラーの慈悲があなたの上にありますように - 私たちは次の4つのことを学ぶ必要があります:
第一に、知識、すなわちアッラー、その預言者、そしてイスラームの教えについて、関連する論拠とともに知ることです。
第二に、その知識に基づいて行動すること。
第三に、 人々をイスラームへといざなうこと。
第四に、その過程で受ける害に対して忍耐強くあること。
その論拠として、至高なるアッラーはこう仰せられました:慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において
﴿وَٱلۡعَصۡرِ1 إِنَّ ٱلۡإِنسَٰنَ لَفِي خُسۡرٍ2 إِلَّا ٱلَّذِينَ ءَامَنُواْ وَعَمِلُواْ ٱلصَّٰلِحَٰتِ وَتَوَاصَوۡاْ بِٱلۡحَقِّ وَتَوَاصَوۡاْ بِٱلصَّبۡرِ3﴾
「時間にかけて(誓う)。
本当に人間は、まさしく損失の中にある。
信仰し、正しい行いを行い、真理(の固守とアッラーへの服従)を勧め合い、忍耐を勧め合う者たち以外は。」 [時間章:1-3 節]
アッ=シャーフィイー(アッラーのご慈悲がありますように)は言いました: 「もしこの章が、アッラーが被造物に下された唯一の論拠であったとしても、彼らにとってはそれで十分であったであろう。」
そして、アル=ブハーリー(アッラーのご慈悲がありますように)は言いました: 「知識は言葉や行動に先立つ - その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:『ならば(預言者よ)、アッラーの外には(真に)崇拝されるべき何ものもないことを知り、自分の罪のお赦しを乞うのだ…』」[ムハンマド章:9節]このように、アッラーは言葉と行動の前に知識を得ることを求められました。
- アッラーの慈悲があなたの上にありますように - すべてのムスリムは、男性であれ女性であれ、次の三つのことを学び、それに基づいて行動しなければなりません:
第一に、アッラーは私たちを創造し、私たちに糧を与えてくださいました。アッラーは私たちを放置されることなく、むしろ私たちに使徒を遣わされました。 使徒に従う者は楽園に入り、使徒に背く者は地獄に入るのです。
その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿إِنَّآ أَرۡسَلۡنَآ إِلَيۡكُمۡ رَسُولٗا شَٰهِدًا عَلَيۡكُمۡ كَمَآ أَرۡسَلۡنَآ إِلَىٰ فِرۡعَوۡنَ رَسُولٗا15 فَعَصَىٰ فِرۡعَوۡنُ ٱلرَّسُولَ فَأَخَذۡنَٰهُ أَخۡذٗا وَبِيلٗا16﴾
「本当にわれらは使徒(ムハンマド)を、あなた方に対する証人としてあなた方に遣わした。ちょうど、フィルアウンに使徒(ムーサー)を遣わしたように。
それでフィルアウンは使徒に逆らい、われらは彼をおぞましい罰で罰した。」
[衣を纏う者章:15-16節]
第二に、アッラーはご自身への崇拝において、かれ(アッラー)に対し、何ものも並べ立てることをお認めになりません。たとえそれが近しい天使や遣わされた預言者であっても、です。その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَأَنَّ ٱلۡمَسَٰجِدَ لِلَّهِ فَلَا تَدۡعُواْ مَعَ ٱللَّهِ أَحَدٗا18﴾
「また、マスジドはアッラー(だけを崇拝するため)のもの、ということ。ならば、あなた方はアッラーと並べて、何ものにも祈って(崇拝して)はならない。」 [ジン章:18節]
第三に、預言者とアッラーの唯一性を信じる者は、たとえ最も身近な親族であっても、アッラーとその使徒に敵対する者と親しく交わることは許されません。(※不信仰への愛情、ムスリムに対する敵対・害悪などゆえに、非ムスリムを盟友とすることは禁じられます。しかしムスリムたちへの害とならない限り、非ムスリムとよい形で付き合ったり、親戚づきあいなどをしたりして、個人的に親しい関係を結ぶことに問題はありません。[イブン・アーシュール3:217‐220参照])
その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿لَّا تَجِدُ قَوۡمٗا يُؤۡمِنُونَ بِٱللَّهِ وَٱلۡيَوۡمِ ٱلۡأٓخِرِ يُوَآدُّونَ مَنۡ حَآدَّ ٱللَّهَ وَرَسُولَهُۥ وَلَوۡ كَانُوٓاْ ءَابَآءَهُمۡ أَوۡ أَبۡنَآءَهُمۡ أَوۡ إِخۡوَٰنَهُمۡ أَوۡ عَشِيرَتَهُمۡۚ أُوْلَٰٓئِكَ كَتَبَ فِي قُلُوبِهِمُ ٱلۡإِيمَٰنَ وَأَيَّدَهُم بِرُوحٖ مِّنۡهُۖ وَيُدۡخِلُهُمۡ جَنَّٰتٖ تَجۡرِي مِن تَحۡتِهَا ٱلۡأَنۡهَٰرُ خَٰلِدِينَ فِيهَاۚ رَضِيَ ٱللَّهُ عَنۡهُمۡ وَرَضُواْ عَنۡهُۚ أُوْلَٰٓئِكَ حِزۡبُ ٱللَّهِۚ أَلَآ إِنَّ حِزۡبَ ٱللَّهِ هُمُ ٱلۡمُفۡلِحُونَ22﴾
「(使徒よ、)あなたはアッラーと最後の日を信仰する民が、アッラーとその使徒に歯向かう者を愛するのを、見出すことがない。たとえ彼らが、自分たちの父親、自分たちの兄弟、自分たちの近親だったとしても、である。アッラーは、それらの者たちの心の中に信仰を(確固たるものとして)書き定められ、かれからの魂によって彼らをお支えになったのだ。そして、かれは(来世において)彼らを、その下から河川が流れる楽園にお入れになる。彼らはそこに、永遠に留まるのだ。アッラーは、彼らをお喜びになり、彼らもかれに満足する。それらの者たちが、アッラーの党派。本当にアッラーの党派こそは、(現世と来世での)成功者なのではないか。」 [抗弁する女章:22節]
- アッラーがあなたを正しく導かれ、かれへの従順を授けてくださいますように - 「ハニーフ」、すなわち純正なイブラーヒームの宗教とは、アッラーのみを崇拝し、真摯にアッラーへの信仰を捧げることです。これはアッラーがすべての人々に命じたことであり、かれはそのために人々を創造されました。至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَمَا خَلَقۡتُ ٱلۡجِنَّ وَٱلۡإِنسَ إِلَّا لِيَعۡبُدُونِ56﴾
「われがジンと人間を創造したのは、彼らがわれ(のみ)を崇拝するために外ならない。」 [撒き散らすもの章:56節] 「彼らがわれ(のみ)を崇拝する」の意味は、われ(アッラー)を唯一無二の存在とすることです。
アッラーが命じられた最も重要なことは、タウヒード、すなわち
アッラーをイバーダ(崇拝行為)において唯一化し、かれと共に何ものをも崇拝しないということです。
そして、アッラーが禁じられた最も重大な罪は、シルク、すなわち、アッラーと並べてかれ以外の何かを崇拝対象とすることです。
その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَٱعۡبُدُواْ ٱللَّهَ وَلَا تُشۡرِكُواْ بِهِۦ شَيۡـٔٗا...﴾
「アッラーを崇拝し、かれと共に何ものをも並べてはならない...」 [婦人章:36節]
もし「すべての人々が知っておくべき『3つの基本原則』とは何ですか?」と尋ねられたら、こう答えてください:
「人は自らの主、自らの宗教、そして自らの預言者であるムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)について知ることです。」
[第一の基本原則]
もしあなたが、「あなたの主は誰ですか?」と尋ねられたら、こう答えてください:
「私の主はアッラーです。アッラーはその御恵みによって、私と世界中のすべてを養われるお方です。アッラーこそは真に崇拝されるべきお方であり、私はアッラーの他に何ものをも崇拝しません。」その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿ٱلۡحَمۡدُ لِلَّهِ رَبِّ ٱلۡعَٰلَمِينَ2﴾
「全創造物の主、アッラーに称賛あれ」 [開端章:2節] アッラー以外のすべてのものは被造物であり、そして私もその被造物の一人です。
そこで、もしあなたが「どのようにしてあなたの主を知りましたか?」と問われたら、こう答えてください:
「かれの御徴と、 その被造物を通してです。」
かれの御徴の中には、夜と昼、太陽と月があります。
かれの被造物には、七層の諸天とその中に存在するすべてのもの、七層の大地とその中に存在するすべてのもの、そしてそれらの間に存在するすべてのものがあります。
その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَمِنۡ ءَايَٰتِهِ ٱلَّيۡلُ وَٱلنَّهَارُ وَٱلشَّمۡسُ وَٱلۡقَمَرُۚ لَا تَسۡجُدُواْ لِلشَّمۡسِ وَلَا لِلۡقَمَرِ وَٱسۡجُدُواْۤ لِلَّهِۤ ٱلَّذِي خَلَقَهُنَّ إِن كُنتُمۡ إِيَّاهُ تَعۡبُدُونَ37﴾
「夜、昼、太陽、月は、かれの(唯一性と全能性を示す)御徴の一部である。太陽にも月にもサジダせず、それらをお創りになったアッラーにサジダせよ。もしあなた方が、かれのみを崇拝するのなら。」 [詳細にされた章:37節]
そして、 至高なるアッラーは仰せられました:
﴿إِنَّ رَبَّكُمُ ٱللَّهُ ٱلَّذِي خَلَقَ ٱلسَّمَٰوَٰتِ وَٱلۡأَرۡضَ فِي سِتَّةِ أَيَّامٖ ثُمَّ ٱسۡتَوَىٰ عَلَى ٱلۡعَرۡشِۖ يُغۡشِي ٱلَّيۡلَ ٱلنَّهَارَ يَطۡلُبُهُۥ حَثِيثٗا وَٱلشَّمۡسَ وَٱلۡقَمَرَ وَٱلنُّجُومَ مُسَخَّرَٰتِۭ بِأَمۡرِهِۦٓۗ أَلَا لَهُ ٱلۡخَلۡقُ وَٱلۡأَمۡرُۗ تَبَارَكَ ٱللَّهُ رَبُّ ٱلۡعَٰلَمِينَ54﴾
「本当にあなた方の主は、諸天の大地を六日間で創造され、それから御座に上がられたアッラーである。かれは夜を昼に覆わせられ(、昼を夜にお入れにな)る。それは(互いに)相手をせわしなく求める。また(かれは)太陽も月も星々も、そのご命令によって(かれがお望みの者に)奉仕させられるもの(として、お創りになった)。かれにこそ、(全ての)創造とご命令は属するのではないか?全創造物の主アッラーは、祝福にあふれたお方よ。」
[高壁章:54節]
「主」とは、崇拝されるべきお方です。その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿يَٰٓأَيُّهَا ٱلنَّاسُ ٱعۡبُدُواْ رَبَّكُمُ ٱلَّذِي خَلَقَكُمۡ وَٱلَّذِينَ مِن قَبۡلِكُمۡ لَعَلَّكُمۡ تَتَّقُونَ21 ٱلَّذِي جَعَلَ لَكُمُ ٱلۡأَرۡضَ فِرَٰشٗا وَٱلسَّمَآءَ بِنَآءٗ وَأَنزَلَ مِنَ ٱلسَّمَآءِ مَآءٗ فَأَخۡرَجَ بِهِۦ مِنَ ٱلثَّمَرَٰتِ رِزۡقٗا لَّكُمۡۖ فَلَا تَجۡعَلُواْ لِلَّهِ أَندَادٗا وَأَنتُمۡ تَعۡلَمُونَ22﴾
「人々よ、あなた方と、それ以前の者たちを創造されたあなた方の主(アッラー)を崇拝するのだ。それはあなた方が、敬虔になるためである。
あなた方のために大地を敷物とされ、空を屋根とされ、天からは(雨)水をお降らしになり、あなた方の糧とすべく、それにより (様々な)果実を実らせられたお方を。ならば(アッラーが唯一の主であり、崇拝すべきお方だと)知りつつ、アッラーに同位者を設けて(崇拝して)はならない。」 [雌牛章:21‐22節]
イブン・カスィール(アッラーのご慈悲がありますように)は言いました: 「これらのものの創造主こそ、 唯一崇拝されるべきお方である。」
アッラーが命じられた崇拝行為の種類は、イスラーム(表象的行為:一般に5柱と呼ばれるもの)、イーマーン(内面的行為:一般に6信と呼ばれるもの)、イフサーン(イーマーンよりも高く最も優れた段階)などです。そしてその中には、祈願、怖れ、望み、信頼、希求、畏敬の念、恭順、畏れ、悔悟、援助を求めること、庇護を求めること、救済を求めること、屠殺、誓約、その他アッラーが命じられたあらゆる種類の崇拝行為があり、これらはすべてアッラーのみに捧げられるべきものです。その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَأَنَّ ٱلۡمَسَٰجِدَ لِلَّهِ فَلَا تَدۡعُواْ مَعَ ٱللَّهِ أَحَدٗا18﴾
「また、マスジドはアッラー(だけを崇拝するため)のもの、ということ。ならば、あなた方はアッラーと並べて、何ものにも祈って(崇拝して)はならない。」 [ジン章:18節]
そのため、それらの内の一つでもアッラー以外のものに捧げた者は、シルクを犯すことになり、不信仰者となります。その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَمَن يَدۡعُ مَعَ ٱللَّهِ إِلَٰهًا ءَاخَرَ لَا بُرۡهَٰنَ لَهُۥ بِهِۦ فَإِنَّمَا حِسَابُهُۥ عِندَ رَبِّهِۦٓۚ إِنَّهُۥ لَا يُفۡلِحُ ٱلۡكَٰفِرُونَ117﴾
「誰であろうと、アッラーに並べて別の神を祈る者ーー彼にはそれ(を祈る正当性)において、いかなる根拠もないのだがーー、その清算は、その主の御許にこそある。本当に不信仰者らは、成功することがない。」
[信仰者たち章:117節]
ハディース(預言者ムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)の言行録)には、次のようにあります:
"الدُّعَاءُ مُخُّ العِبَادَةِ".
「ドゥアー(祈願) は崇拝行為の真髄である。」
その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَقَالَ رَبُّكُمُ ٱدۡعُونِيٓ أَسۡتَجِبۡ لَكُمۡۚ إِنَّ ٱلَّذِينَ يَسۡتَكۡبِرُونَ عَنۡ عِبَادَتِي سَيَدۡخُلُونَ جَهَنَّمَ دَاخِرِينَ60﴾
また(人々よ)、 あなた方の主は仰せられた。「私に(のみ)祈るのだ。そうすればわれは、あなた方に応えよう。本当にわれの崇拝に対して奢り高ぶる者たちは、やがて蔑まれた者となって、地獄に入ることになる。」
[赦し深いお方章:60節]
「怖れ」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿...فَلَا تَخَافُوهُمۡ وَخَافُونِ إِن كُنتُم مُّؤۡمِنِينَ﴾
「ならば彼らを怖れず、われを怖れよ。もし、あなた方が信仰者であるならば。」
[イムラ―ン家章:175節]
また「望み」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿...فَمَن كَانَ يَرۡجُواْ لِقَآءَ رَبِّهِۦ فَلۡيَعۡمَلۡ عَمَلٗا صَٰلِحٗا وَلَا يُشۡرِكۡ بِعِبَادَةِ رَبِّهِۦٓ أَحَدَۢا﴾
「…それで自分の主との拝謁を望む者は、正しい行いに励み、自分の主の崇拝において、いかなるものも並べてはならない」
[洞窟章:110節]
「信頼」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿...وَعَلَى ٱللَّهِ فَتَوَكَّلُوٓاْ إِن كُنتُم مُّؤۡمِنِينَ﴾
「…ならばアッラーにこそ、全てを委ねるのだ。もし、あなた方が信仰者であるというなら」 [食卓章:23節] さらに、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿...وَمَن يَتَوَكَّلۡ عَلَى ٱللَّهِ فَهُوَ حَسۡبُهُ...﴾
「…アッラーに全てを委ねる者にとっては、かれ(アッラー)だけで十分…」
[離婚章:3節]
そして、「希求」、「畏敬の念」、「恭順」について、 至高なるアッラーは仰せられました:
﴿...إِنَّهُمۡ كَانُواْ يُسَٰرِعُونَ فِي ٱلۡخَيۡرَٰتِ وَيَدۡعُونَنَا رَغَبٗا وَرَهَبٗاۖ وَكَانُواْ لَنَا خَٰشِعِينَ﴾
「…本当に彼らは善行に急ぎ、(われらの褒美を)望み(われらの罰を)怖れつつ、われらに祈っていたのであり、われらに対して恭順な者たちだったのだ。」 [預言者たち章:90節]
「畏れ」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿...فَلَا تَخۡشَوۡهُمۡ وَٱخۡشَوۡنِ...﴾
「...ならば彼らのことは恐れずに、われ(アッラー)のことを恐れるのだ...」
[食卓章:3節]
「悔悟」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَأَنِيبُوٓاْ إِلَىٰ رَبِّكُمۡ وَأَسۡلِمُواْ لَهُ...﴾
「また、あなた方に懲罰が訪れる前に、あなた方の主に(悔悟して)立ち返り、かれに服従(イスラーム)せよ…」 [集団章:54節]
「援助を求めること」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿إِيَّاكَ نَعۡبُدُ وَإِيَّاكَ نَسۡتَعِينُ5﴾
「私たちはあなただけを崇拝し、あなただけにお力添えを乞います。」 [開端章:5節] ハディースには、次のようにあります:
"إِذَا اسْتَعَنْتَ فَاسْتَعِنْ بِاللَّهِ".
「助けを求めるなら、アッラーにこそ助けを求めなさい。」
「庇護を求めること」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿قُلۡ أَعُوذُ بِرَبِّ ٱلۡفَلَقِ1﴾
「(使徒よ、)言え。『私は黎明の主に、ご加護を乞う。』」 [黎明章:1節]そして、
﴿قُلۡ أَعُوذُ بِرَبِّ ٱلنَّاسِ1﴾
「(使徒よ、)言え。『私は人々の主に、ご加護を乞う』」 [人々章:1節]
「救済を求めること」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿إِذۡ تَسۡتَغِيثُونَ رَبَّكُمۡ فَٱسۡتَجَابَ لَكُمۡ...﴾
「あなた方が(敵への勝利に関して)自分たちの主にご助力を求め、かれがあなた方に応えられた時のこと(を思い出すのだ)…」 [戦利品章:9節]
「屠ること」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿قُلۡ إِنَّ صَلَاتِي وَنُسُكِي وَمَحۡيَايَ وَمَمَاتِي لِلَّهِ رَبِّ ٱلۡعَٰلَمِينَ162 لَا شَرِيكَ لَهُ...﴾
「言え。『本当に私の礼拝も犠牲も、生も死も、全創造物の主アッラーのためのみ。
かれには(その唯一性において、)いかなる同位者もない...』」 [家畜章:162‐163節] ハディースには、次のようにあります:
"لَعَنَ اللَّهُ مَنْ ذَبَحَ لِغَيْرِ اللَّهِ".
「誰であれ、アッラー以外のもののために屠った者は、アッラーに呪われる。」
「誓約」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿يُوفُونَ بِٱلنَّذۡرِ وَيَخَافُونَ يَوۡمٗا كَانَ شَرُّهُۥ مُسۡتَطِيرٗا7﴾
「彼ら(善行者たち)は(現世で)誓約を全うし、(アッラーがご慈悲をおかけになった者を除く全ての者に)その悪が拡散する (復活の)日を怖れ…」 [人間章:7節]
[第二の基本原則]
イスラームという宗教を知ること。それは、タウヒード(アッラーの唯一性に関する信仰)によってアッラーに服従し、従順にアッラーの命じられることに従い、シルクとシルクの徒から離れることです。
イスラームには3つの段階があります。それは、イスラーム、イーマーン、そしてイフサーンです。
そして、各々の段階には柱があります。
イスラームの柱は5つです:信仰告白(アッラーの他に真に崇拝すべきものはなく、ムハンマドはその使徒であると証言すること)、サラー(礼拝)を行うこと、ザカー(喜捨)を支払うこと、ラマダーン月にサウム(斎戒)をすること、アッラーの館(カアバ殿)へのハッジ(大巡礼)を行うことです。
「信仰証言(シャハーダ)」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿شَهِدَ ٱللَّهُ أَنَّهُۥ لَآ إِلَٰهَ إِلَّا هُوَ وَٱلۡمَلَٰٓئِكَةُ وَأُوْلُواْ ٱلۡعِلۡمِ قَآئِمَۢا بِٱلۡقِسۡطِۚ لَآ إِلَٰهَ إِلَّا هُوَ ٱلۡعَزِيزُ ٱلۡحَكِيمُ18﴾
「アッラーは、公正を行われるかれの外に、崇拝すべきものがないことを証言された。そして天使たちも、知識ある者たちも、また(それを証言する)。かれの外に、崇拝すべきものはない。(かれは)偉力ならびないお方、英知あふれるお方。」 [イムラーン家章:18節]
それはアッラーの他に真に崇拝すべきものはない、という意味です。
(アラビア語で)「ラー・イラーハ」とは、アッラー以外に崇拝されている全てのものを否定する、ということです。
そして「イッラッラー」とは、崇拝はアッラーのみに捧げられるべきものであることを断言するものです。
アッラーは、その王権において同位者がいないのと同様に、崇拝においても同位者はいません。
その説明として、至高なるアッラーは明確に仰せられました:
﴿وَإِذۡ قَالَ إِبۡرَٰهِيمُ لِأَبِيهِ وَقَوۡمِهِۦٓ إِنَّنِي بَرَآءٞ مِّمَّا تَعۡبُدُونَ26 إِلَّا ٱلَّذِي فَطَرَنِي..﴾
「イブラーヒームが、彼の父と民に(こう)言った時のこと(を思い出させよ)。『本当に私は、あなた方が(アッラーをよそに)崇めているものから無縁です。
但し、私を創成されたお方は別ですが…』」 [金の装飾章:26-27節] そして、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿قُلۡ يَٰٓأَهۡلَ ٱلۡكِتَٰبِ تَعَالَوۡاْ إِلَىٰ كَلِمَةٖ سَوَآءِۭ بَيۡنَنَا وَبَيۡنَكُمۡ أَلَّا نَعۡبُدَ إِلَّا ٱللَّهَ وَلَا نُشۡرِكَ بِهِۦ شَيۡـٔٗا وَلَا يَتَّخِذَ بَعۡضُنَا بَعۡضًا أَرۡبَابٗا مِّن دُونِ ٱللَّهِۚ فَإِن تَوَلَّوۡاْ فَقُولُواْ ٱشۡهَدُواْ بِأَنَّا مُسۡلِمُونَ64﴾
(使徒よ、)言え。「啓典の民よ、私たちとあなた方との間の(共通する)正しい言葉へとやって来なさい。『私たちはアッラー以外には崇拝せず、かれに対して何ものをも並べない。またアッラーを差しおいて、自分たちの内の誰かを主としたりもしない』(という言葉へ)」。もし彼らが(この呼びかけから)背き去ったのなら、(ムスリムたちよ、こう)言ってやるがいい。「私たちが(アッラーに)服従する者(ムスリム)であると、証言せよ」
[イムラーン家章:64節]
「ムハンマドゥッラスールッラー(ムハンマドはアッラーの使徒である)という証言」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿لَقَدۡ جَآءَكُمۡ رَسُولٞ مِّنۡ أَنفُسِكُمۡ عَزِيزٌ عَلَيۡهِ مَا عَنِتُّمۡ حَرِيصٌ عَلَيۡكُم بِٱلۡمُؤۡمِنِينَ رَءُوفٞ رَّحِيمٞ128﴾
「あなた方自身の内から一人の使徒(ムハンマド)が、確かにあなた方のもとに到来した。あなた方が苦しむのは、彼にとって辛いこと。(彼は)あなた方に対して懸命で、信仰者たちにこそ哀れみ深く、慈愛深いのだ。」
[悔悟章:128節]
「ムハンマドはアッラーの使徒である」と証言することの意味は、彼の命令に従い、彼が伝えたことを信じ、彼が禁じ、警告したことを避け、そして彼が教えた通りにアッラーを崇拝することです。
そして「サラー(礼拝)」、「ザカー (浄財)」、「タウヒード」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَمَآ أُمِرُوٓاْ إِلَّا لِيَعۡبُدُواْ ٱللَّهَ مُخۡلِصِينَ لَهُ ٱلدِّينَ حُنَفَآءَ وَيُقِيمُواْ ٱلصَّلَوٰةَ وَيُؤۡتُواْ ٱلزَّكَوٰةَۚ وَذَٰلِكَ دِينُ ٱلۡقَيِّمَةِ5﴾
「そして彼らは、アッラーに真摯に崇拝行為を捧げつつ、純正な状態でかれ(だけ)を崇拝し、礼拝を遵守し、浄財を支払うことしか、命じられはしなかったのだ。それが、適確な宗教(イスラーム)である。」 [明証章:5節]
「サウム(斎戒)」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿يَٰٓأَيُّهَا ٱلَّذِينَ ءَامَنُواْ كُتِبَ عَلَيۡكُمُ ٱلصِّيَامُ كَمَا كُتِبَ عَلَى ٱلَّذِينَ مِن قَبۡلِكُمۡ لَعَلَّكُمۡ تَتَّقُونَ183﴾
「信仰する者たちよ、あなた方以前の者たちにも義務づけられたように、あなた方にも斎戒が義務づけられた。(それは)あなた方が、敬虔になるようにである。」 [雌牛章:183節]
「ハッジ(大巡礼)」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿...وَلِلَّهِ عَلَى ٱلنَّاسِ حِجُّ ٱلۡبَيۡتِ مَنِ ٱسۡتَطَاعَ إِلَيۡهِ سَبِيلٗاۚ وَمَن كَفَرَ فَإِنَّ ٱللَّهَ غَنِيٌّ عَنِ ٱلۡعَٰلَمِينَ97﴾
「人々、つまりそこまでの道(を旅行すること)が可能な者には、その館へとハッジするというアッラーへの義務がある。そしてそれ(ハッジの義務性)を否定する者があっても、実にアッラーは全世界(のいかなるものへの必要)から、満ち足りたお方なのだ。」
[イムラーン家章:97節]
第二の段階であるイーマーンは、70数個の部門に分かれています。その中で最善のものが、「ラー・イラーハ・イッラッラーフ(アッラーの他に崇拝すべきいかなるものもなし)」という言葉であり、最も下位のものが道から有害なものを除去することです。そして羞恥心はイーマーンの一部門です。
イーマーンの柱は6つです:アッラーと、その天使たち、その諸啓典、その諸使徒、最後の日を信じることです。そして良いことであれ悪いことであれ定命を信じることです。
「イーマーン(六信)」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿لَّيۡسَ ٱلۡبِرَّ أَن تُوَلُّواْ وُجُوهَكُمۡ قِبَلَ ٱلۡمَشۡرِقِ وَٱلۡمَغۡرِبِ وَلَٰكِنَّ ٱلۡبِرَّ مَنۡ ءَامَنَ بِٱللَّهِ وَٱلۡيَوۡمِ ٱلۡأٓخِرِ وَٱلۡمَلَٰٓئِكَةِ وَٱلۡكِتَٰبِ وَٱلنَّبِيِّـۧنَ...﴾
「善とは、ただあなた方の顔を東や西に向けることではない。しかし(真の)善(行者)とは、アッラー、最後の日、天使、啓典、預言者たちを信じ...」 [雌牛章:177節]
「定命(カダル)」について、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿إِنَّا كُلَّ شَيۡءٍ خَلَقۡنَٰهُ بِقَدَرٖ49﴾
「本当にわれらは全てのものを、定めと共に創造した。」 [月章:49節]
第三の段階であるイフサーン(柱の一つ)とは、あたかもアッラーが見ているかのように、アッラーを崇拝することです。なぜなら、たとえあなたにアッラーが見えていなくても、アッラーは確かにあなたをご覧になられるからです。
至高なるアッラーは仰せられました:
﴿إِنَّ ٱللَّهَ مَعَ ٱلَّذِينَ ٱتَّقَواْ وَّٱلَّذِينَ هُم مُّحۡسِنُونَ128﴾
「本当にアッラーは敬虔な者たちと、善を尽くす者たちとこそ、共にあるのだから。」 [蜜蜂章:128節]
至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَتَوَكَّلۡ عَلَى ٱلۡعَزِيزِ ٱلرَّحِيمِ217 ٱلَّذِي يَرَىٰكَ حِينَ تَقُومُ218 وَتَقَلُّبَكَ فِي ٱلسَّٰجِدِينَ219﴾
「また、偉力ならびないお方、慈悲深いお方にこそ、全てを委ねるのだ、
あなたが(一人礼拝に)立つ時、あなたをご覧になるお方に(全てを委ねよ)。
また、サジダする者たちの中での、あなたの(礼拝の)動作を(ご覧になるお方に)。」
[詩人たち章:217‐219節]
至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَمَا تَكُونُ فِي شَأۡنٖ وَمَا تَتۡلُواْ مِنۡهُ مِن قُرۡءَانٖ وَلَا تَعۡمَلُونَ مِنۡ عَمَلٍ إِلَّا كُنَّا عَلَيۡكُمۡ شُهُودًا إِذۡ تُفِيضُونَ فِيهِ...﴾
「(使徒よ、)あなたが何らかの用事中でも、まさにクルアーンから読誦する時でも、あなた方がいかなる行為を行っている時でも、あなた方がそれに取りかかっている時、われらはもとより、あなた方を見守る者なのである…」
[ユーヌス章:61節] (~節の終わりまで)
スンナからの論拠として、ジブリール(アッラーの平安がありますように)の有名なハディースがあります。ウマル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:
"بَيْنَمَا نَحْنُ عِنْدَ رَسُولِ اللَّهِ ﷺ ذَاتَ يَوْمٍ، إِذْ طَلَعَ عَلَيْنَا رَجُلٌ، شَدِيدُ بَيَاضِ الثِّيَابِ، شَدِيدُ سَوَادِ الشَّعَرِ، لَا يُرَى عَلَيْهِ أَثَرُ السَّفَرِ، وَلَا يَعْرِفُهُ مِنَّا أَحَدٌ، حَتَّى جَلَسَ إِلَى النَّبِيِّ ﷺ فَأَسْنَدَ رُكْبَتَيْهِ إِلَى رُكْبَتَيْهِ، وَوَضَعَ كَفَّيْهِ عَلَى فَخِذَيْهِ، وَقَالَ: يَا مُحَمَّدُ !
「私たちがある日アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と共にある時、純白の衣服をまとい、漆黒の髪の一人の男が私たちのもとに現れました。彼には旅の形跡はありませんでしたが、私たちの誰一人として彼を知る者はいませんでした。彼は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとまでやって来ると、彼の両膝を両膝につき合わせるようにして座り、彼の両の手の平をその両腿の上に置きました。そして言いました:“ムハンマドよ、
أَخْبِرْنِي عَنِ الإِسْلَامِ؟
イスラームについて教えてくれ。”
فَقَالَ رَسُولُ اللَّهِ ﷺ: الإِسْلَامُ: أَنْ تَشْهَدَ أَلَّا إِلَهَ إِلَّا اللَّهُ وَأَنَّ مُحَمَّدًا رَسُولُ اللَّهِ، وَتُقِيمَ الصَّلَاةَ، وَتُؤْتِيَ الزَّكَاةَ، وَتَصُومَ رَمَضَانَ، وَتَحُجَّ البَيْتَ إِنِ اسْتَطَعْتَ إِلَيْهِ سَبِيلًا، قَالَ: صَدَقْتَ - فَعَجِبْنَا لَهُ، يَسْأَلُهُ وَيُصَدِّقُهُ –.
するとアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“イスラームは、『ラー・イラーハ・イッラッラー、ムハンマドゥッラスールッラー (アッラーの他に真に崇拝すべきものはなく、ムハンマドはその使徒である)』と証言し、 サラー (礼拝)し、ザカー (浄財)を施し、ラマダーン月に サウム (斎戒、いわゆる断食)し、それが可能であるならばカアバ殿を目指して ハッジ (大巡礼)を行うことです。”(男は)言いました:“その通り。”―私たちは自分で尋ねておきながら、答えを承認するその男に驚きました―
قَالَ: فَأَخْبِرْنِي عَنِ الْإِيمَانِ؟
(男は続けて質問して)言った:”それでは、イーマーンについて、教えてくれ。”
قَالَ: أَنْ تُؤْمِنَ بِاللَّهِ، وَمَلَائِكَتِهِ، وَكُتُبِهِ، وَرُسُلِهِ، وَاليَوْمِ الْآخِرِ، وَتُؤْمِنَ بِالقَدَرِ خَيْرِهِ وَشَرِّهِ، قَالَ: صَدَقْتَ.
(アッラーの使徒は)言った:”アッラーと、その天使たち、その諸啓典、その諸使徒、最後の日を信じることです。そして良いことであれ悪いことであれ定命を信じることです。”(男は)言った:”その通り。”
قَالَ: فَأَخْبِرْنِي عَنِ الْإِحْسَانِ؟
(男は続けて)言った:”それでは、イフサーンについてお教えくれ。”
قَالَ: أَنْ تَعْبُدَ اللَّهَ كَأَنَّكَ تَرَاهُ، فَإِنْ لَمْ تَكُنْ تَرَاهُ فَإِنَّهُ يَرَاكَ.
(アッラーの使徒は)言った:”アッラーを見ているかのように、アッラーを崇めることです。たとえあなたにアッラーが見えていなくても、アッラーはあなたをご覧になられます。”
قَالَ: فَأَخْبِرْنِي عَنِ السَّاعَةِ؟
(男はまた)言った:”それでは、審判の日について教えてくれ。”
قَالَ: مَا المَسْؤُولُ عَنْهَا بِأَعْلَمَ مِنَ السَّائِلِ.
(アッラーの使徒は)言った:”質問を受けた者はそれについて、質問者よりも知っているわけではありません。”
قَالَ: فَأَخْبِرْنِي عَنْ أَمَارَاتِهَا؟
(男はまた)言った:”それではその諸々の予兆について教えてくれ。”
قَالَ: أَنْ تَلِدَ الأَمَةُ رَبَّتَهَا، وَأَنْ تَرَى الحُفَاةَ العُرَاةَ العَالَةَ رِعَاءَ الشَّاءِ، يَتَطَاوَلُونَ فِي البُنْيَانِ.
(アッラーの使徒は)言った:”あなたは (その諸々の予兆として)奴隷女がその主人を産むのを見るでしょう。また裸足で裸の貧しい羊飼いたちが、競って高い建築物を建て合うのを見るでしょう。”
قَالَ: ثُمَّ انْطَلَقَ فَلَبِثْتُ مَلِيًّا، ثُمَّ قَالَ لِي: يَا عُمَرُ! أَتَدْرِي مَنِ السَّائِلُ؟ قُلْتُ: اللَّهُ وَرَسُولُهُ أَعْلَمُ، قَالَ: فَإِنَّهُ جِبْرِيلُ، أَتَاكُمْ يُعَلِّمُكُمْ دِينَكُمْ".
それから(男は)去って行った。私 (ウマル) は暫くそのまま留まっていたが、すると (アッラーの使徒は)私にこう言った:“ウマルよ、あの質問者が誰だか分かるか?”私は言った:“アッラーとその使徒がよくご存知です。”(アッラーの使徒は)言った:“彼はジブリールだ。あなた方の宗教を教えるために、あなた方のもとへやって来たのである。”」
[第三の基本原則]
預言者ムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)について:彼はイブラーヒームの息子イスマーイール(彼らに平安あれ)の子孫である、アラブ人の子孫です。そしてアラブ人の子孫であるクライシュ族の出身ハーシム、ハーシムの息子アブドゥルムッタリブ、アブドゥルムッタリブの息子アブドゥッラー、アブドゥッラーの息子が、預言者ムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)です。
その生涯は63年間であり、そのうちの40年間は預言者として遣わされる以前で、23年間は預言者、使徒としてのものでした。
彼(アッラーからの祝福と平安あれ)の預言者としての使命は、次の啓示: 「 (預言者よ、)創造をされた、あなたの主の御名において (、啓示されたクルアーンを)読め。」[凝血章:1節]によって始まり、[衣を纏う者章]をもって使徒として遣わされました。その故郷はマッカです。
アッラーは、多神崇拝を警告し、タウヒード(アッラーの唯一性に関する信仰)へと呼びかけるために彼 (アッラーからの祝福と平安あれ)を遣わされました。そしてその論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿يَٰٓأَيُّهَا ٱلۡمُدَّثِّرُ1 قُمۡ فَأَنذِرۡ2 وَرَبَّكَ فَكَبِّرۡ3 وَثِيَابَكَ فَطَهِّرۡ4 وَٱلرُّجۡزَ فَٱهۡجُرۡ5 وَلَا تَمۡنُن تَسۡتَكۡثِرُ6 وَلِرَبِّكَ فَٱصۡبِرۡ7﴾
「(衣に)包まる者よ、
立ち上がり、(人々にアッラーの懲罰を)警告せよ。
また、あなたの主(の偉大さを)称揚し、
あなたの衣服を清め、
偶像(と、あらゆるシルク)を避けよ。
また、(見返りに)多くのものを得ようとしつつ、恵んではならない。
そして、あなたの主の(ご満悦の)ため、忍耐せよ。」 [包る者章:1-7節]
その意味するところは:
﴿قُمۡ فَأَنذِرۡ﴾
「立ち上がり、(人々にアッラーの懲罰を)警告せよ」: 多神崇拝を警告し、タウヒード (アッラーの唯一性に関する信仰)へと呼びかけること。
﴿وَرَبَّكَ فَكَبِّرۡ﴾
「また、あなたの主 (の偉大さを) 称揚し」:
すなわち、タウヒード(アッラーの唯一性に関する信仰)によって、 アッラーを讃えること。
﴿وَثِيَابَكَ فَطَهِّرۡ﴾
「あなたの衣服を清め」:
シルク(多神崇拝)から自らの行いを清めること。
﴿وَٱلرُّجۡزَ فَٱهۡجُرۡ﴾
「偶像(と、あらゆるシルク)を避けよ」:
「ルジュズ」:偶像。そして、それを避けること:それらを捨て、それらとそれらを崇拝する者から離れること。
彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は、10年間にわたりタウヒード(アッラーの唯一性に関する信仰)へと呼びかけました。その後天界へと昇天させられ、そこで五回の礼拝が義務付けられたのです。そしてマッカでの礼拝を3年間した後、マディーナへの移住を命じられました。
ヒジュラ(移住)とは:多神教の土地からイスラームの土地へ移住することです。
このウンマ(イスラーム共同体)にとって多神教の土地からイスラームの土地へと移住するヒジュラは、 (一定の条件のもと可能な場合の)義務であり、それは最後の時が訪れるまで存続するものです。
その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿إِنَّ ٱلَّذِينَ تَوَفَّىٰهُمُ ٱلۡمَلَٰٓئِكَةُ ظَالِمِيٓ أَنفُسِهِمۡ قَالُواْ فِيمَ كُنتُمۡۖ قَالُواْ كُنَّا مُسۡتَضۡعَفِينَ فِي ٱلۡأَرۡضِۚ قَالُوٓاْ أَلَمۡ تَكُنۡ أَرۡضُ ٱللَّهِ وَٰسِعَةٗ فَتُهَاجِرُواْ فِيهَاۚ فَأُوْلَٰٓئِكَ مَأۡوَىٰهُمۡ جَهَنَّمُۖ وَسَآءَتۡ مَصِيرًا97 إِلَّا ٱلۡمُسۡتَضۡعَفِينَ مِنَ ٱلرِّجَالِ وَٱلنِّسَآءِ وَٱلۡوِلۡدَٰنِ لَا يَسۡتَطِيعُونَ حِيلَةٗ وَلَا يَهۡتَدُونَ سَبِيلٗا98﴾
「本当に、自分自身に不正を働いた状態のまま、天使たちに(その魂を)召された者たち(は、破滅した)。 (天使たちは、彼らを咎めて)言う。『あなた方は (生前、宗教に関して)どのような状態にあったのか?』彼らは、(答えて)言う。『私たちは、地上で抑圧されていた者たちでした』。彼ら(天使たち)は、言う。『アッラーの地は広大であり、あなた方はそこで移住することが出来たのではないか?』それらの者たちの住処は地獄である。それは何と悪い還り所であることか。
しかし(移住する)策も立てられず、道も知らなかった、男たち、女たち、子供たちという弱者たちは別である。」 [婦人章:97-98節]
至高なるアッラーは仰せられました:
﴿يَٰعِبَادِيَ ٱلَّذِينَ ءَامَنُوٓاْ إِنَّ أَرۡضِي وَٰسِعَةٞ فَإِيَّٰيَ فَٱعۡبُدُونِ56﴾
「信仰するわが僕たちよ、本当に我が大地は広いのだ。ならば(移住し)、われをこそ崇拝せよ。」 [蜘蛛章:56節]
アル=バガウィー (彼にアッラーの慈悲あれ)は言いました: 「この節は、マッカに留まり移住しなかったムスリムたちに関連して啓示されたものです。アッラーは彼らを『信仰するわが僕たちよ』と呼びました。」
スンナにおけるヒジュラの論拠として、預言者(アッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:
"لَا تَنْقَطِعُ الهِجْرَةُ حَتَّى تَنْقَطِعَ التَّوْبَةُ، وَلَا تَنْقَطِعُ التَّوْبَةُ حَتَّى تَطْلُعَ الشَّمْسُ مِنْ مَغْرِبِهَا".
「悔悟が途絶えるまではヒジュラは途絶えることがなく、太陽が西から昇るまでは悔悟が途絶えることはない。」
そしてマディーナに定住した後、彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は、ザカート (喜捨)、サウム(斎戒)、ハッジ(巡礼)、アザーン、ジハード、善を勧め悪を禁じること、といったイスラームの残りの諸規定を命じられました。そして、そのすべてを実践・確立するのに10年を要しました。
彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はアッラーの御許に召されましたが、その教えは不変です。ウンマにとって善きことは全てお示しになり、悪しきことは全て警告されたのです。
彼(アッラーからの祝福と平安あれ)が導いた善とは、タウヒード(アッラーに関する唯一性の信仰)と、アッラーが愛されご満悦されるすべてのことです。
そして、警告された悪とは、シルク、そしてアッラーが嫌悪され、拒まれたすべてのことです。
アッラーは彼(アッラーからの祝福と平安あれ)を全人類へと遣わされ、すべてのジンと人類に、かれ(アッラー)への服従を義務付けられました。 至高なるアッラーは仰せられました:
﴿قُلۡ يَٰٓأَيُّهَا ٱلنَّاسُ إِنِّي رَسُولُ ٱللَّهِ إِلَيۡكُمۡ جَمِيعًا...﴾
「(使徒よ、)言ってやるがいい。『人々よ、本当に私はあなた方全員への、アッラーの使徒である...』」 [高壁章:158節]
またアッラーは、彼(アッラーからの祝福と平安あれ)を通して教えを完成されました。至高なるアッラーは仰せられました:
﴿...ٱلۡيَوۡمَ أَكۡمَلۡتُ لَكُمۡ دِينَكُمۡ وَأَتۡمَمۡتُ عَلَيۡكُمۡ نِعۡمَتِي وَرَضِيتُ لَكُمُ ٱلۡإِسۡلَٰمَ دِينٗاۚ...﴾
「…この日われはあなた方のために、あなた方の宗教を完成させ、あなた方へのわが恩恵を全うし、イスラームがあなた方への宗教であることに満足した…」 [食卓章:3節]
彼(アッラーからの祝福と平安あれ)が逝去されたことの論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿إِنَّكَ مَيِّتٞ وَإِنَّهُم مَّيِّتُونَ30 ثُمَّ إِنَّكُمۡ يَوۡمَ ٱلۡقِيَٰمَةِ عِندَ رَبِّكُمۡ تَخۡتَصِمُونَ31﴾
「(使徒よ、)実にあなたは死にゆく者であり、本当に彼らも死にゆく者たちなのだ。
それから本当にあなた方は復活の日、あなた方の主の御許で、議論し合(い、アッラーはあなた方を正義によって裁き給)う。」
[集団章:30‐31節]
人々は彼らの死後、蘇らされます。その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿مِنۡهَا خَلَقۡنَٰكُمۡ وَفِيهَا نُعِيدُكُمۡ وَمِنۡهَا نُخۡرِجُكُمۡ تَارَةً أُخۡرَىٰ55﴾
「われらは、あなた方をそれ(大地)から創り、(死後には)その中へとあなた方を戻し、そして(復活の日には)再び、そこからあなた方を出すのである。」 [ター・ハー章:55節] そして、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَٱللَّهُ أَنۢبَتَكُم مِّنَ ٱلۡأَرۡضِ نَبَاتٗا17 ثُمَّ يُعِيدُكُمۡ فِيهَا وَيُخۡرِجُكُمۡ إِخۡرَاجٗا18﴾
「アッラーは、あなた方(の先祖アーダム)を確かに大地から芽生えさせられ、
それから、あなた方を(その死後に)そこへとお戻しになり、(復活の日には)あなた方を必ずや(そこから)お出しになる。」
[ヌーフ章:17‐18節]
復活の後、彼らは清算され、その行いに応じて報いられます。その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿...لِيَجۡزِيَ ٱلَّذِينَ أَسَٰٓـُٔواْ بِمَا عَمِلُواْ وَيَجۡزِيَ ٱلَّذِينَ أَحۡسَنُواْ بِٱلۡحُسۡنَى﴾
「…かくして、かれは悪い行いだった者たちを彼らが行ったものによって報われ、善を尽くした者たちを最善のもの (天国)で報われる。」 [星章:31節]
復活を嘘であるとした者は不信仰者です。そしてその論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿زَعَمَ ٱلَّذِينَ كَفَرُوٓاْ أَن لَّن يُبۡعَثُواْۚ قُلۡ بَلَىٰ وَرَبِّي لَتُبۡعَثُنَّ ثُمَّ لَتُنَبَّؤُنَّ بِمَا عَمِلۡتُمۡۚ وَذَٰلِكَ عَلَى ٱللَّهِ يَسِيرٞ7﴾
「不信仰に陥った者たちは、(死後)自分たちが蘇らされないと言い張った。(使徒よ、)言ってやれ。『いや、我が主にかけて(誓う)。あなた方は必ずや蘇らされ、それから自分たちが(現世で)行ったことを、必ずや告げ聞かせられるのだ。それはアッラーにとって、容易なこと』。」 [騙し合い章:7節]
アッラーは全ての使徒たちを、吉報の伝達者および警告者として遣わされました。至高なるアッラーは仰せられました:
﴿رُّسُلٗا مُّبَشِّرِينَ وَمُنذِرِينَ لِئَلَّا يَكُونَ لِلنَّاسِ عَلَى ٱللَّهِ حُجَّةُۢ بَعۡدَ ٱلرُّسُلِ...﴾
「吉報を伝え、警告を告げる使徒たちを (、われらは遣わした)。それは使徒 (の到来)の後、人々にアッラーに対する弁解の余地がないようにするためである…」
[婦人章:165節]
最初の使徒は、ヌーフ(ノア)(彼に平安あれ)です。
そして最後の預言者が、ムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)です。彼は預言者たちの封緘であり、彼の後に預言者は現れません。至高なるアッラーは仰せられました:
﴿مَّا كَانَ مُحَمَّدٌ أَبَآ أَحَدٖ مِّن رِّجَالِكُمۡ وَلَٰكِن رَّسُولَ ٱللَّهِ وَخَاتَمَ ٱلنَّبِيِّـۧنَ...﴾
「ムハンマドはそもそも、あなた方の男性の内の、誰の父親でもない。しかしアッラーの使徒、預言者たちの封印なのだ...」
[部族連合章:40節]
彼らの最初の者がヌーフ(彼に平安あれ)であることについて、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿إِنَّآ أَوۡحَيۡنَآ إِلَيۡكَ كَمَآ أَوۡحَيۡنَآ إِلَىٰ نُوحٖ وَٱلنَّبِيِّـۧنَ مِنۢ بَعۡدِهِ...﴾
「本当にわれらは、ヌーフとそれ以後の預言者たちに啓示したように、(使徒よ、)あなたにも啓示を下した...」 [婦人章:163節]
ヌーフ(彼に平安あれ)の時代からムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の時代に至るまで、アッラーは全ての共同体に使徒を遣わし、彼らにアッラーのみを崇拝し、ターグート(※アッラーを差し置いて崇拝されたり、服従されたりする全ての対象のこと)の崇拝を避けるよう命じさせました。その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿وَلَقَدۡ بَعَثۡنَا فِي كُلِّ أُمَّةٖ رَّسُولًا أَنِ ٱعۡبُدُواْ ٱللَّهَ وَٱجۡتَنِبُواْ ٱلطَّٰغُوتَ...﴾
「われらは確かに、あらゆる共同体へと使徒を遣わし(て、こう伝えさせ)た。『アッラー(だけ)を崇拝し、ターグートを避けよ』...」 [蜜蜂章:36節]
アッラーは全ての人々に、ターグート(※アッラーを差し置いて崇拝されたり、服従されたりする全ての対象のこと)を否定しアッラーのみを信仰するよう命じられました。
イブン・アル=カイイム(アッラーのご慈悲がありますように)は言いました: 「ターグートの意味とは、しもべ(人間)が(アッラーに対する)本分を逸脱し、崇拝、追従、あるいは服従の対象としてしまう、アッラー以外の全ての対象のことである。」
ターグートは数多くありますが、その中でも主なものは5つあります。シャイターン(アッラーが彼を呪われますように)、崇拝されることに満足する者、他人に自分を崇拝するよう呼びかける者、見えないものの知識を主張する者、そしてアッラーが啓示したもの以外のものに基づいて裁く者です。
その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:
﴿لَآ إِكۡرَاهَ فِي ٱلدِّينِۖ قَد تَّبَيَّنَ ٱلرُّشۡدُ مِنَ ٱلۡغَيِّۚ فَمَن يَكۡفُرۡ بِٱلطَّٰغُوتِ وَيُؤۡمِنۢ بِٱللَّهِ فَقَدِ ٱسۡتَمۡسَكَ بِٱلۡعُرۡوَةِ ٱلۡوُثۡقَىٰ لَا ٱنفِصَامَ لَهَاۗ وَٱللَّهُ سَمِيعٌ عَلِيمٌ256﴾
「(この)宗教に強制はない。実に正しさは、誤りから明確に分け隔てられたのだから。それで、ターグートを否定してアッラーを信仰する者は誰でも、決して外れることのない堅固な取っ手を確かに握り締めたのである。アッラーは、よくお聴きになるお方、 全知者であられる。」 [雌牛章:256節] これが “ラー・イラーハ・イッラッラー(アッラー以外に真に崇拝すべきものはない)” の真意です。ハディースには次のようにあります:
"رَأْسُ الأَمْرِ: الإِسْلَامُ، وَعَمُودُهُ: الصَّلَاةُ، وَذِرْوَةُ سَنَامِهِ: الجِهَادُ فِي سَبِيلِ اللَّهِ".
「物事の要はイスラームであり、その柱は礼拝であり、その瘤の頂はアッラーの道におけるジハードである。」
全てのことは、アッラーが最もよくご存知です。
***
目次
[第二の基本原則] 16
[第三の基本原則] 27
***
ja36v2.0 - 14/06/2026